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名古屋高等裁判所 昭和53年(ネ)130号 判決

控訴人(右(ワ)第一一三五号事件被告、(ワ)第一五一四号事件原告) 戸田水道工業株式会社

右代表者代表取締役 戸田英男

右訴訟代理人弁護士 鬼頭忠明

被控訴人(右(ワ)第一一三五号事件原告) 武田一夫

被控訴人(右(ワ)第一五一四号事件被告) 株式会社 ハトリ工業

右代表者代表取締役 羽鳥晋介

被控訴人(右(ワ)第一五一四号事件被告) 羽鳥晋介

右被控訴人三名訴訟代理人弁護士 米沢保

世宮久義

主文

一  名古屋地方裁判所昭和五一年(ワ)第一一三五号事件被告の控訴に基づき原判決主文第一項を次のとおり変更する。

(一)  同裁判所が同裁判所昭和五一年(手ワ)第一六七号約束手形金請求事件について同年六月八日言渡した手形判決はこれを取消す。

(二)  同事件原告の請求を棄却する。

二  同裁判所昭和五一年(ワ)第一五一四号事件原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟の総費用は第一、二審を通じ、同裁判所昭和五一年(ワ)第一一三五号事件原告と同事件被告との間に生じたものは同事件原告の負担とし、同裁判所同年(ワ)第一五一四号事件原告と同事件被告らとの間に生じたものは同事件原告の負担とする。

事実

控訴代理人は「主文第一項同旨並びに原判決主文第二、第三項を取消す。名古屋地方裁判所昭和五一年(ワ)第一五一四号事件被告株式会社ハトリ工業及び同羽鳥晋介は連帯して同事件原告に対し金六九万円及びこれに対する同事件の訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ、右(ワ)第一一三五号事件につき同事件原告の、右(ワ)第一五一四号事件につき同事件被告らの、各負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決五枚目裏七行目の「そこで」とある次に「原告は前記のとおり本件手形の悪意の取得者であるから」を加え、同一一枚目表五行目に「第二号証の一、二」とあるのを「第二号証の一ないし六」と改め、かつ、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴代理人の主張)

一  右(ワ)第一一三五号事件について

本件約束手形(甲第一号証)には、その名宛人株式会社ハトリ工業から福田津多子へ、同人から武田一夫(同事件原告)へと順次裏書された旨の記載があるが、右各裏書は、株式会社ハトリ工業の代表取締役羽鳥晋介が「手形についてもめた場合は第三者にまわした方が良い」と教えられ、既に銀行に取立に廻していたものを受戻し、情を知った身内の者へ裏書譲渡したもので、右各譲渡には原因関係が伴わず、明らかに訴訟による取立を目的とした信託的譲渡であり、信託法一一条に違反し右譲渡は無効である。

二  右(ワ)第一五一四号事件について

同事件被告らの答弁書による認否により、少くとも、同事件の請求原因の一部をなす同事件原告戸田水道工業株式会社と同事件被告の一人である株式会社ハトリ工業との間の本件下請負工事契約が、請負代金二〇〇万円、引渡日が昭和五一年三月一六日の各約定であったこと、右引渡期日に株式会社ハトリ工業が右工事を完成せず、そのため右契約不履行を理由に戸田水道工業株式会社が同日右請負契約を解除した事実は当事者間に争いのない事実である。

(被控訴人ら代理人の主張)

控訴人の当審において付加した各主張を争う。

(一)  右(ワ)第一一三五号事件について

本件約束手形の各裏書は隠れたる取立委任裏書ではなく、通常の譲渡裏書である。

(二)  右(ワ)第一五一四号事件について

同事件についての同事件被告らの認否は主要事実についての自白でないから、なんら同事件被告らを拘束するものでない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  名地裁昭和五一年(ワ)第一一三五号事件について

同事件の請求原因中(1)、(2)項の各事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、同(3)項の事実(但し、本件手形の呈示の日は満期の昭和五一年三月一八日)を認めることができる。

そこで進んで同事件被告の抗弁を判断する。

先ず信託法違反の抗弁について

《証拠省略》を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  株式会社ハトリ工業(以下ハトリ工業という)は、同事件被告戸田水道工業株式会社(控訴会社)との間に昭和五〇年一二月頃、同会社が訴外有限会社東海浄化槽から下請した愛知県立惟信高等学校の給排水衛生設備、消火栓移動、ガス管工事を更に下請負する工事契約を締結した。(右事実中元請会社が有限会社東海浄化槽である点を除いては当事者間に争いがない。)

2  控訴会社は、右工事代金を主体とした請負代金支払いのため(一部前渡金を含む)、同五一年三月五日頃、本件手形を右ハトリ工業宛振出交付した。

3  ところが、右工事の追加変更による代金増額並びに出来高工事代金の査定等をめぐっての不満からハトリ工業は控訴会社に右契約についての契約書の作成方を迫り、両者間に紛争が生じ、該工事の納期(後記認定によると同年三月一六日)間近になっても、ハトリ工業は工事の続行、完成をしようとする態度を見せなかった。

4  そこで、遂に同年三月一六日夕方に至り、控訴会社代表者戸田英男は電話をもってハトリ工業代表取締役羽鳥晋介に対し、債務不履行(履行不能)を理由に右請負契約を解除する旨通告し、併せて本件手形を不渡にする旨申し渡した。

5  はじめ右電話に出た義母からことのてんまつを知った羽鳥晋介は、このままでは手形金の支払は受けられないと狼狽し、既に株式会社中央相互銀行に取立に廻してあった本件手形を急遽取戻し、第三者の手に渡すことによって手形金取立を可能にしようと、同年同月一七日付をもって、右手形につき先ず前記義母福田津多子への裏書をし、同女からの裏書を得た上で義弟でありかつ同業者でもある同事件原告武田一夫(被控訴人)に交付し、右被控訴人をして東海銀行西春支店から取立に廻させた。

6  同被控訴人は、前記工事が未完成でトラブルのある手形であることを知りながら、右譲渡を受けて僅か一〇日余り後の同年三月二九日付で被控訴代理人に本件手形金請求事件の訴訟追行を委任した。

7  被控訴代理人は、同年四月五日右手形につき手形訴訟の方法による審理を求める訴を原審裁判所に提起し(同裁判所同年(手ワ)第一六七号)、原告勝訴の手形判決を得た。

なお、被控訴代理人は、右各裏書はかくれたる取立委任裏書ではなく通常の譲渡裏書である旨主張し、右羽鳥晋介は、手形譲渡の原因関係として、同人は被控訴人武田一夫に対し一〇〇万円位の借金があった旨証言するけれども、右証言はこれを裏付ける証拠が全く存しないうえ、右羽鳥は右被控訴人に至る裏書の中間に原因関係のない福田津多子の裏書をわざわざ介在せしめていることにかんがみても到底措信できない。

以上の事実に徴すれば、本件手形の同事件原告(被控訴人)への裏書譲渡は、訴訟による取立を主たる目的とした信託的譲渡に外ならず、右譲渡は信託法一一条に違反し無効というべきである。

従って、同事件原告武田一夫は本件手形の権利者とは認められず、同事件被告たる控訴人の抗弁は理由があり、同事件原告の本訴請求は、その余の点の判断をするまでもなく失当である。

しかるに、右と異なり同事件原告の請求を認容した手形判決を認可した原判決は不当であるからこれを取消し、右手形判決を取消したうえ同事件原告の請求を棄却すべきものである。

二  同地裁昭和五一年(ワ)第一五一四号事件について

(一)  慰藉料金五〇万円の債権の存否について

同事件被告ハトリ工業(被控訴会社)が同事件原告戸田水道工業株式会社(控訴会社)との間に昭和五〇年一二月頃、同会社が訴外有限会社東海浄化槽から下請した愛知県立惟信高等学校の給排水衛生設備、消火栓移動、ガス管工事を更に下請負する工事契約を締結したこと、及び同五一年三月一六日夕方、控訴会社代表者戸田英男が電話をもって被控訴会社ハトリ工業の代表取締役羽鳥晋介(同事件被告・被控訴人)に対し、債務不履行(履行不能)を理由に右請負契約を解除する旨通告をしたことはいずれも前認定のとおりである。

そこで同事件被告ハトリ工業(被控訴会社)に債務不履行が存したか否かの点につき考察するに、《証拠省略》を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

1  被控訴会社が下請負した前記高校の給排水衛生設備等の工事の完成引渡期限(納期)は、他の部分(管工事以外の部分)の工事の進行の度合ともからむため、契約当初においては明確でなかったが、遅くとも昭和五一年三月五、六日頃には、被控訴会社との間では、元請業者立会による内検査予定日が同年三月一七日と定められた都合から、同年三月一六日限りと定められ、被控訴会社は控訴会社やその元請業者から右日時を告げられ知っていた。

2  被控訴会社は、前記認定の如き控訴会社に対する不満から右請負契約の書面化等を強く求めていたが、控訴会社がこれを肯んぜず、被控訴会社が同年二月分として請求した工事出来高報酬(もっとも、同請求高は工事の出来高としては多額に過ぎ一部前渡金をも含むものと認められる。)についてもその一部の支払いしか得られないこともあって、その工事代金等の支払いとして交付された本件手形受領後は言を左右にして右工事の続行をしなかった。すなわち、同年同月一二、三日頃には元請先の監督からだけでなく、控訴会社代表者からも工事の続行、完成を催促されながら、被控訴会社の代表者羽鳥晋介は「月曜日(同月一五日)から仕事にかかる。」と言い、月曜日が来ると「同高校の受験日だから遠慮する。」との口実で、身をかくし工事続行の気配すら見せなかった。

3  当時、本件工事は内廻りの配管と一部の器具取付けが終っていたのみで、外廻りの配管を含む工事や大部分の器具取付は未了であり、その出来高は多く見積っても五割程度であって、右羽鳥の言うような二日間では到底残工事を完了することは無理であると認められる状況であったところ、元請業者からの催促もあり、たまりかねた控訴会社は、同月一五日電話で催促するも右羽鳥が不在であるとして埓があかなかったので、同月一六日自ら残工事を直接施工することを決意し、これに要する資材、器具等を取揃え、同日午後から残工事に取りかかったが、前記内検査予定日までに完工することができず、同月下旬に入って漸くこれを完工した。なお、現実に控訴会社が右直接施工に要した工事費は器具材料代、工賃を含めて一二九万円余に達し、同金額は請負代金二〇〇万円の半ばを上廻るものであった。

証人羽鳥晋介は右工事の引渡期限は同年三月二五日頃であったとも証言するけれども、右証言は前記認定事実にてらし措信し難く、他に右認定を妨げるに足る措信すべき証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴会社が直接施工に入った時点において最早右工事はその引渡期限までに完了できないことは明らかであり、事ここに至ったことにつき被控訴会社の側になんら首肯すべき事情は存しないから、被控訴会社の請負契約上の債務は、その責に帰すべき事由により、期限前において既に履行不能に立到ることが明らかになったものというべきである。

しかしながら、債務不履行の場合その損害賠償として慰藉料の請求ができるのは、いわゆる特別の事情が存する場合に限ると解すべきところ、右特別の事情並びにこれが予見の可能性の点についてはこれを認めるに足る立証がないので、控訴会社(同事件原告)の右請求は数額の点の判断に入るまでもなく失当たるを免れない。

(二)  損害賠償請求債権一九万円の存否について

当裁判所の認定、判断は、原判決一五枚目裏九行目に「主張するが」とあるのを「主張し、当審における証人吉田鎮の証言及び控訴会社代表者戸田英男尋問の結果中には右主張に添うかの部分が存するが、いずれも措信し難く、ほかに」と、同一六枚目表一行目と同四行目とに「事務管理」とあるのをいずれも「事務管理ないしは準委任」と各改め、同一六枚目裏一行目に「もっとも、」とある次に「当審における証人吉田鎮の証言及び原審並びに当審における」を加え、同六行目の「清算の事実ないし」を削るほか、原判決理由の説示するところと同一であるから、これを引用する。

従って同事件原告の右請求も理由がない。右と同旨の原判決は正当である。

三  以上の次第で、名地裁昭和五一年(ワ)第一一三五号事件につき右と結論を異にする原判決主文第一項は不当であるから同事件被告の控訴に基づきこれを変更し、同裁判所同年(ワ)第一五一四号事件原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上悦雄 裁判官 吉田宏 春日民雄)

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